東京高等裁判所 昭和25年(ネ)793号 判決
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人中村武彦は東京都豊島区池袋一丁目六百四十一番地所在木造瓦葺二階建店舗三戸建一棟の内中央の一戸、建坪二坪五合、二階二坪五合を、被控訴人奈良ちよは右建物の内向つて左端の一戸、建坪二坪五合、二階二坪五合を、それぞれ控訴人に明渡せ。訴訟費用は一、二審共被控訴人等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人等代理人は各控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、原判決事実摘示中請求原因二に「昭和二十五年一月二日」とあるは(原判決三枚目表一行目、記録二一二丁)「昭和二十五年一月二十日」の誤記であると述べた外、いずれも右判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
一、控訴人が昭和二十三年二月八日頃、請求の趣旨記載の三戸建店舗一棟の内中央の一戸を被控訴人中村に、向つて左端の一戸を被控訴人奈良に、それぞれ賃料一箇月金二千円、毎月末支拂の約定で、且つ右賃料債務について不履行のあるときは控訴人において即時その賃貸借契約を解除しうることの特約のもとに賃貸したこと、被控訴人中村がその賃借店舗に対する昭和二十三年七月分から同年十二月分までの賃料を、被控訴人奈良がその賃借店舗に対する昭和二十四年二月分から同年五月分までの賃料を、それぞれ支拂わなかつたこと及び控訴人が右賃料債務の不履行を理由として、被控訴人中村に対しては同年一月二十七日、被控訴人奈良に対しては同年六月二十一日、それぞれ右賃貸借契約解除の意思表示をしたことは、いずれも本件当事者間に爭がない。(もつとも被控訴人等は原審において少くとも控訴人主張の契約解除権の特約の存することについて、当初はこれを認めながらその後の口頭弁論期日に右自白を取消し、特約の事実を否認したけれども、右自白が眞実に反し且つ錯誤に基いてなされたことについてはこれを認めるに足る証拠がないから該自白の取消はその効力がないものと謂うべきである。)
被控訴人中村は本件賃貸借については、控訴人は右店舗を完全に使用收益せしめるよう設備する義務があるにかかわらず、これが設備をなさず債務の不履行があるから、これと同時履行の関係に立つ右賃料の支拂については被控訴人には遅滞の責がなく、從つて賃料債務の不履行を理由とする控訴人の本件契約解除の意思表示はその効力を生じない旨抗爭するについて按ずるに、控訴人が昭和二十四年五月末まで本件店舗に対する建築許可を受けることができず、從つてまたこれに正規の配電設備を施すことができなかつたことについては右当事者間に爭がない。そして原審証人石津文雄、同大同秀雄、同大岡敏男、同奈良ちよの各証言、原審並びに当審における被控訴人中村武彦の供述を綜合すれば本件店舗の賃貸借に際し、控訴人は被控訴人中村に対し電気の外線は二、三日中には取付けられるから移轉早々商賣を始められる旨申し、同被控訴人はこれを信じて賃借したのであるが、当時はまだ建築許可申請もなく從つてその許可がなかつたため、同被控訴人は関東配電会社から正規の電力の供給を受けることができず、本件店舗を写眞材料の販賣並びに写眞の現像焼付等の営業の目的で権利金十三万円、敷金六千円を控訴人に提供して賃借したにかかわらず、これを使用して営業を継続することができないため僅か一箇月余りにして更に戸塚方面に店舗を設け営業を開始するの止むなきに至つたことを認めることができる。控訴人は本件賃貸借契約後間もなくその住居から右店舗に臨時に配線して電力の供給を受けえられる措置をとつたのであるから、被控訴人において右店舗を使用するについて実際上何らの支障がなかつた旨主張するけれども前掲証人石津文雄、同奈良ちよの各証言及び前掲被控訴人中村武彦の供述を綜合すれば、右電力の供給は関東配電会社との正規の電力供給契約によつたものではなく、控訴人住居からほしいままに電燈線一本を引込み電力を通じたものであつて盗電に外ならないものであることが認められる。そしてこのような不正な方法で電力を使用して営業を継続することは通常人の堪ええないところであるから、かかる事実があつたからとて前段認定をなすの妨とはならない。原審証人大上敏子の証言、原審並びに当審における控訴人の供述中右認定に牴触する部分はこれを措信せず他に該認定を覆すに足る証拠がない。
さすれば控訴人は被控訴人中村に対し少くとも昭和二十三年七月から同年十二月までの間においては、本件建物を店舗としての用方に從つて適法に使用收益せしむべき賃貸人の義務を完全に盡さなかつたものと謂うべきであるから、この点において債務の不履行の責があると謂わなければならない。そして被控訴人中村の右店舗に対する賃料支拂義務は被控訴の該店舗を使用收益せしむべき義務と同時履行の関係に立つものと解するを相当とする。もつとも被控訴人中村が右の期間右店舗を全々使用しえなかつたのでないのであるから、賃料の全額の支拂を拒みえないものと謂うベきであるが、被控訴人中村は前認定のように電力を営業上絶対に必要とする写眞材料の販賣業に附滞する写眞の現像焼付等の営業をなしえなかつたのであるから、右の事情のもとにおいて控訴人が同被控訴人に対し一箇月金二千円の約定賃料債務の不履行を理由として解除権を行使することは、民法第一條に謂うところの信義誠実の原則にもとるものであつて許すべからざるものと謂わなければならない。從つて賃料債務の不履行を理由とする控訴人の同被控訴人に対する本件賃貸借解除の意思表示はその効を生じないこと勿論であつて、同被控訴人の右抗弁は理由がある。
次に被控訴人奈良は(一)被控訴人中村と同一理由により賃料債務の不履行がない。(二)仮りに右賃料債務の不履行があつたとしても、同被控訴人は控訴人に対し金額五十一万二千三百八十九円九十銭の約束手形債権を有するところ、昭和二十四年六月十一日控訴人に対し右賃料債務とその対当額において相殺する旨の意思表示をしたから該賃料債務は消滅に帰し、從つて右賃料債務の不履行を理由とする控訴人の本件賃貸借解除の意思表示はいずれの点からしてもその効力を生じない旨抗爭するについて按ずるに、(一)控訴人が本件店舗の賃貸人として昭和二十四年二月から同年五月末までの間に右店舗の建築許可をうることができず、從つてまたこれに正規の配電設備を施すことができなかつたことについては右当事者間に爭がない。そして、前掲証人石津文雄の証言及び当審における被控訴人奈良ちよの供述によれば、被控訴人奈良は昭和二十三年七月頃から関東配電会社との正規の電力供給契約によらず、他の電気業者に依頼して右店舗に配線工事を施し電力を通じ少くとも前記期間中現実に美容術営業を継続していたことが認められる。右認定を左右するに足る証拠がない。さすれば同被控訴人が正規の手続による電力の供給を受けられなかつたため損害を被つたとすれば、その損害の賠償を控訴人に請求しうるか否かは別問題として被控訴人奈良は右期間中その店舗を完全に使用收益していたものと謂うべきであるから、控訴人に対しこの間の賃料を支拂うべき義務あるものと謂わなければならない。從つて右抗弁は理由がない。(二)しかしその表面の記載並びに附箋については本件当事者間に爭なく、その裏面の記載については原審証人奈良ちよの証言によつてその成立を認めえられる乙第四号証の約束手形及び右証人奈良ちよの証言当審における被控訴人奈良ちよの供述を綜合すれば、被控訴人奈良は昭和二十四年四月三十日控訴人振出金額五十一万二千三百八十九円九十銭、満期同年五月三十日、支拂地、振出地各東京都豊島区、支拂場所帝国銀行池袋支店、受取人白石磨雄なる約束手形一通を同年五月二十四日右白石の拒絶証書作成義務免除の裏書によつてこれを取得し、右手形所持人となり控訴人に対し同金額の手形債権を有するに至つたこと(同被控訴人はその満期に右手形を支拂場所において控訴人に呈示したが、その支拂を拒絶せられた。)及び同年六月十一日その代理人四宮久吉をして、控訴人に対し右手形金債権と前記賃料債務とをその対当額において相殺する旨の意思表示をなさしめたことが認められるから被控訴人奈良の控訴人に対する右賃料債務は相殺によつて消滅したものと謂わなければならない。(控訴代理人は乙第四号証約束手形の認否について原審昭和二十五年三月二十八日の口頭弁論調書には控訴代理人においてその成立を認めた旨の記載があるけれども、控訴代理人は右手形の表面の記載の成立を認めたに過ぎず、裏面の記載は認めなかつたものであると述べ、被控訴代理人は右認否の変更については異議があると述べたけれども、しばらく控訴代理人の主張するように右手形の裏面の記載の成立を爭うものとして前示のように証拠によつてその成立を認定した。)右認定に牴触する甲第十二号証の四中証人都築次郎の調書の記載部分はこれを措信しがたく他に該認定を覆すに足る証拠がない。從つて右賃料債務の不履行を理由とする控訴人の本件賃貸借契約解除の意思表示はその効力を生じないものと謂うべきであつて、被控訴人奈良の右抗弁は理由がある。さすれば被控訴人等の賃料債務の不履行によつて本件賃貸借が解除せられた旨の控訴人の主張はいずれも理由がないからこれを採用することができない。
二、次に被控訴人等が本件店舗に無断改造工事等を施したことによつて本件賃貸借契約が解除せられた旨の予備的請求原因について審按するに、被控訴人両名が昭和二十三年十二月十八日控訴人に無断で本件中央の店舗と左端の店舗との境にある階下の壁を打拔いて一戸として使用しうるように模様替をし、更に被控訴人奈良が昭和二十五年一月二十日右一戸に改造された店舗に控訴人に無断で改造を加えた外、右店舗の表模様の塗り替等の模様替をしたこと及び控訴人がこれを理由として、昭和二十五年五月二日被控訴人等に対し本件賃貸借を解除する旨の意思表示をしたことは本件当事者間に爭がない。そして成立に爭のない甲第一号証、第五号証及び前掲証人奈良ちよの証言、前掲被控訴人中村武彦同奈良ちよ当審における控訴人(一部)の各供述を綜合すれば、本件建物はいずれも造作附でない、造作等は賃借人が自ら費用を負担して随意に施工する貸店舗であること、被控訴人中村が右店舗において写眞材料の販賣並びに写眞の現象焼付等の業を、被控訴人奈良が右店舗においてパーマネント等の謂わゆる美容術業を営むものであつたことは控訴人において、右店舗を被控訴人等に賃貸する当時から知悉していたこと、本件三戸建一棟の店舗の総建築費は金二十万円に過ぎないのに控訴人は被控訴人中村から金十三万円、同奈良から金十二万円の権利金を受領していたこと、本件店舗の賃貸借期間はいずれも右建物が現在地に存続する期間中の約であつて、当事者は相当長期間の貸借を予期していたこと等が認められる。右認定を左右するに足る証拠はない。そして、以上の事実によつて控訴人は被控訴人等に対しその店舗を営業上その他に利用する必要の範囲において造作の取付、改造、もしくは模様替等をなしうることを予め黙示的に許容していたものと推認するを相当とする。さすれば被控訴人奈良が昭和二十五年一月二十日になした店舗の塗り替(当事者間に爭ない。)は勿論前掲被控訴人奈良ちよの供述によつて認められる店舗内の周囲にベニヤ板を張つた改造工事も右控訴人の許容範囲内であると解するを相当とするが、被控訴人両名が昭和二十三年十二月十八日になした改造工事は右範囲を逸脱した不当の行爲であると謂わざるをえない。しかし成立に爭のない甲第三号証の一(原審昭和二十四年(ワ)第一二五七号事件における)並びに前掲証人奈良ちよの証言、前掲被控訴人中村武彦、同奈良ちよの各供述に徴すれば、右改造工事は被控訴人等が後記三認定の事情によつて共同して美容術業を経営するの止むなきに至り、その経営上両店舗を合して一戸とする必要があつたためこれを敢えてしたものであることが認められるから、右許容範囲を逸脱した行爲であるとはいえ衡平の観念上控訴人においてこれを忍受すべきものと解するを相当とする。しかも原本の存在並びにその成立に爭のない甲第四号証及び前掲証人大田敏男の証言によれば、本件店舗は木造の簡易な建物であることが窺われるから、右改造工事は被控訴人等が本件賃貸借終了の際容易にこれを原状に復しうる程度のものであつて、控訴人主張のように原状に復して返還しえない程度の毀損であると断ずることはできない。且つまた仮りに右改造工事が本件賃貸借契約違反の行爲であるとすれば、控訴人は民法第五百四十一條によつて相当の期間を定めてこれを原状に復せしむべきことを催告し、もしその期間内にこれが履行のないときに始めて右契約の解除をなしうべきものであつて、かかる違反行爲があるからとて直ちに契約を解除することは法の許さないところである。從つて控訴人が被控訴人等の責に帰すべき事由により賃借物返還義務の一部の履行が不能になつたとの理由で本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示はその効力のないことが明かであるから、右予備的主張もまた理由がないものと謂わなければならない。
三、更に被控訴人中村が控訴人の承諾なく本件店舗の賃借権を讓渡したことを理由として、本件賃貸借が解除せられた旨の第二次予備的請求原因について審究するに、控訴人が昭和二十五年五月二日被控訴人中村に対し本件店舗を控訴人の承諾なく被控訴人奈良に讓渡したことを理由として、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは右当事者間に爭のないところであるが、被控訴人中村が右賃借権を被控訴人奈良に讓渡した旨の控訴人の主張に符合する甲第六号証の記載並びに前掲大上敏子、同岡田積の各証言及び前掲控訴人の供述部分はこれを信用しがたく、他に右事実を認めるに足る証拠がない。却つて成立に爭のない乙第二号証の一、前掲石津文雄の証言、前掲被控訴人両名及び原審における控訴人(前記措信しない部分を除く)の各供述を綜合すれば、被控訴人中村は前記一認定の事情で本件店舗において営業ができないし、金員の必要もあつたので右店舗を控訴人に返し、さきに提供した権利金敷金等の返還を受けんとして控訴人に対し本件賃貸借の解約を申入れたところ、控訴人もこれを承諾して同被控訴人に対し権利金等金十四万円を返還すべきことを約しながら延引してこれを履行せず、結局控訴人において金員の調達ができなかつたため右解除も取止めとなつたが、控訴人は同被控訴人に対し右賃借権を他に讓渡することを承諾したこと、よつて被控訴人中村は右賃借権の讓受人を物色したけれども容易に見付からず、さし迫つて金員の必要もあつたので、昭和二十三年十二月上旬頃被控訴人奈良に頼み、右賃借権を同人に讓受けて貰うこととしたが弁護士四宮久吉の助言によつてこれを変更し、新に被控訴人両名間に右店舗を左端の店舗とともに使用し共同して美容術業を営むことの契約が成立したことが認められる。さすれば被控訴人中村は本件店舗の賃借権を他に讓渡したものではなく、單に右店舗を被控訴人奈良との共同事業のために共同して使用收益するに過ぎないのみならず、右店舗の賃借権の讓渡すら控訴人から予め許容されていたものであるから被控訴人中村の右行爲は何ら本件賃貸借契約に違反するものとは謂いえない。
從つて右を理由とする控訴人の本件契約解除の意思表示もその効なく右第二次予備的主張もまたこれを採用することができない。
以上いずれの点からするも控訴人の被控訴人等に対する本件賃貸借契約の解除はこれを認めることができないから、右契約解除を原因として、被控訴人等に対し各本件店舗の明渡を求むる控訴人の本訴請求はいずれも失当であると謂わなければならない。
よつて控訴人の本訴請求を棄却すべく、右と同趣旨に出でた原判決は洵に相当であつて本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三百八十四條によりこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担については同法第九十五條第八十九條を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 柳川昌勝 濱田宗四郎 菅野次郎)